反射炉の観光の次は伊豆の国市韮山にある蛭ヶ小島へ!

反射炉の観光は、多く見積もっても1時間あれば十分見て回れます。

隣接するお土産屋さんを見て回っても足りでしまうかも・・・反射炉のガイドさんに丁寧なガイドをしてもらうと時間を有意義に利用できますが自分らだけで見て回ると意外なほどあっけなく見終わってしまう・・・。

そこで!車でお越しのあなた!反射炉を出て数分のところに源頼朝の流刑地と知られる蛭ヶ小島があります。

蛭ヶ小島には、駐車場もあって反射炉からも近い!三島、沼津方面に帰る方向に位置しているので帰りがけにチョコッとよるには、もってこいの場所です。

あくまでもちょこっとですよ!ちょこっと!(笑)

そもそも蛭ヶ小島とは?

蛭ヶ小島には、私たちもサイクリングで反射炉ついでに立ち寄ったりします。反射炉、蛭ヶ小島、江川邸がこの辺りの史跡めぐりスポットかな。この中で反射炉と江川邸は無料シャトルバスも立ち寄りますが蛭ヶ小島には立ち寄りません。

となると自家用車、バイク、自転車で行くようになります。歩きだとちょっと距離があるかな~。

さて、蛭ヶ小島とは!です。

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蛭ヶ小島(ひるがこじま)は、静岡県伊豆の国市の地名。源頼朝の流刑地として知られる。
しかし、歴史的には「伊豆国に配流」と記録されるのみで、「蛭ヶ島」というのは後世の記述であり、真偽のほどは不明。発掘調査では弥生・古墳時代の遺構・遺物のみで、平安時代末期の遺構は確認されていない。『吾妻鏡』では頼朝の流刑地について「蛭島」とのみ記し、当地が比定地であるかは不明。
現在、「蛭ヶ島公園」として整備されている場所は、江戸時代に学者の秋山富南が「頼朝が配流となった蛭ヶ島はこの付近にあった」と推定し、これを記念する碑が1790年に建てられた。これが「蛭島碑記」で伊豆の国市指定有形文化財となっている。また、公園内には頼朝・政子夫妻の像が作られている。

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なお、「蛭ヶ島」という名前から狩野川の中州というイメージで小説などに描かれることが多いが、狩野川はやや離れており、地質調査の結果から当時も付近を大きな河川が流れるということはないことが分かっている。平安時代の蛭ヶ島一帯は水田で、水田の多い湿地帯のなかに島状にある微高地であると考えられる。

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2007年、茶屋や土産物を売る店が地元の職業訓練校の生徒の手により作られた。運営はシルバー人材センターが行っている。
公園内に建つ茅葺きの建物は、江戸時代中期の農家の建物「上野家住宅」を移築したもので、静岡県の有形文化財に指定されており、内部には民具や農具などを展示して、歴史民俗資料館となっている。(wikiから引用)

実際に行ってみると茅葺きの建物と芝の公園?自転車で立ち寄ると近くの小学生でしょうか?遠足?課外授業?をしていたりします。晴れた日にお弁当を持ってけば気持ちよくランチを楽しむことができます。

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ここ伊豆の国市韮山は、北条家ゆかりの地、源頼朝もこの地で北条政子と出会った地でもあります。

帰り道、ちょこっとだけ立ち寄ってみたら?